「労働基準法って法律ができたらしい。コイツは、儲かるぜ」
とうそぶく詐欺師たちの物語
中小企業の社長さん 労働基準法の知識を身に付けて会社を守りましょう!
戦後のドサクサの中で生まれた労働基準法
昭和23年1月5日のことである。薄暗くなって寒風吹きすさぶ午後17時のことだ。名古屋の広小路にかかる堀川で、橋の欄干から川面を覗き込む少年がいた。少年は、しきりに溜息を吐いていた。その身なりは、アチコチ穴だらけの軍服だった。
その納屋橋を通りかかった身なりの良い若者がいた。背広を着て、その上にGHQ流れの品だと思われるトレンチコートを着込んでいた。靴磨きを頼んだばかりなので、革靴もピカピカだ。頭はポマードで決めていた。
「あれ次郎じゃない?」
「え! 兄貴じゃないか。ビックリした」
「ビックリしたのは、俺の方だ。おみゃあー、こんなところで何をしているんだ」
二人は、見つめ合った。そして大粒の涙が溢れた。思わず駆け寄り抱き締め合った。
「おみゃあー、生きていたのか!」
「兄貴も、大丈夫だったのか!」
二人は兄弟だった。兄は、老木法太郎(ろうきほう・たろう 仮名)といった。年齢は20歳だった。弟の次郎は15歳だった。
二人は、名古屋大空襲で焼け出された。逃げ惑ううちに離れ離れになったのだ。3年ぶりの再開だった。
久しぶりの海老フライ
太郎は弟を抱き締めて、思わず鼻をつまんだ。風呂などは久しく入ってないので、身体中から悪臭を放っていた。
「ごめん、兄貴。俺って臭いよねえ?」
「なに、言ってるんだよ。こうして生きているだけで幸せだがや」
「うん」
「ところで、食べてねえだろう?」
太郎は、次郎を近くの食堂に連れていった。次郎は久しぶりの飯だったらしく、興奮したかのように大きな海老フライを4本もパク付いた。
お腹が一杯になった後は、すぐ風呂屋に連れていった。次郎は、お湯が本当に気持ち良かったらしく
「あー、ええ湯だわ」
と何度も口にした。
太郎は、その顔を見ながら、笑った。
兄弟は互いの無事を知って、本当に嬉しかった。
自称「法律の専門家」
次郎は、兄貴の家に転がり込んだ。名古屋市内で焼け残った小さな家だった。
次郎は羽振りの良さそうな兄を見て、気になった。
「ところで兄貴、今、何していりゃあすの?」
「俺かあ…」
太郎は、一瞬言葉に詰まりながら答えた。
「えーっと、まあ、法律の専門家ってことかなあ?」
「えっ! 法律家なの? 何時の間に?」
問われた太郎は、思わず大きく手を振って、恥ずかしそうに笑った。
「まあ、そんな偉そうな者じゃない。法律をちっとばかし勉強しているだけだがや」
「はあ?」
太郎は、労働基準法について勉強していることを弟に告げた。
労働基準法は昭和22年の制定だった。新憲法の下で、教育基本法とか、色々な法律が作られた。
太郎は六法全書を弟に見せて言った。
「労働基準法ってのはなあ、それを読んでいると存外面白いぞ。文章をじっくり読んでみるんだ。すると、あんなこともできる、こんなこともできると悪事が沸いてくるんだぎゃあ」
ポカンとする弟に対して、太郎はシーとしながら小声で話した。
「儲かるでよう、これが…。いっぺんやったら止めれえせん」
労働基準法は、労働基準(労働条件に関する最低基準)を定める日本の法律である。日本国憲法第27条第2項の規定(「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」)に基づき、1947年(昭和22年)に制定された。労働組合法、労働関係調整法と合わせて労働三法と呼ばれる。
わざと解雇されて解雇予告手当をもらう
「3S政策(セックス・スクリーン・スポーツ)で日本人を骨抜きにするぞ」(ダグラス・マッカーサー)
太郎が弟に教えたことは、こうだった。
「俺はいつもセールスとか、営業なら得意ですと言って、自分を売り込むんだ」
「それで?」
「名古屋の中小企業の社長なんて、すぐ俺の言うことを間に受けて採用してくれるでよう。それで、実際に営業の職場に配属される。初日は真面目そうに働くが、翌日はふてくされたような態度をしてやるんだ。こんな感じだわ」
太郎はポケットに手を突っ込んで、悪い態度の“見本”を見せた。まるでチンピラだった。
「…」
「こんな態度を取られたら、どこの社長だって怒りゃあすだろう。すると『おみゃーなんか首だ。来なくても良い』と言ってくるんだわ。それが狙い目なんだ。俺は間髪入れずに言い返す。『今、何言った? 解雇だよね? 解雇なら解雇予告手当を払ってちょうよ。労働基準法第20条で決まっとるわ』ってね。そうすると、社長は顔を真っ赤にして怒ってくる。『バカヤロー』って感じで。でも、気にすることはないがや。その足で名古屋の労働基準監督署に駆け込めば良いでよう。労働基準監督官は労働者の味方。こちらのためにやってくれるがや」
「へえ? それで?」
名古屋の労働基準監督官は、中小企業の事業主を出頭させて、是正勧告書を出してくれる。
是正勧告書にはこう書かれる。
「第二十条違反。解雇予告を行わずに労働者を解雇したこと。ただちに解雇予告手当を支払った上で是生報告書を出すこと」
「ゼセイカンコクショ?」
「うん、是正勧告書っていってな、労働基準監督署の労働基準監督官は臨検できるんだわ」
「それで払ってもらえるのきゃあも?」
「ああ、たいてい払ってもらえる。労働基準法に違反すると、司法処分になるでよう」
「シホウショブン?」
「ああ、労働基準法違反は書類送検と言ってな、検察庁に送られるんだわ。そこで起訴されて裁判所で裁かれると有罪だ。つまり前科一犯」
「ゼンカイッパン?」
「昔でいうと、島送りってことだな」
「それでどうなるの?」
「俺は実際には2日間勤務しただけで、30日分の解雇予告手当をふんだくるわけだ」
「へえ、ずいぶん酷いことをしているのだね」
「まあ、そう言やぁすなよ。労働基準法って法律を勉強したおかげだよ。資本家なんて、俺たち貧乏人から搾取しているだけ。そんな資本家に遠慮することはないがや」
- 北見昌朗のひと言
- 労働基準監督官は調査を行なった結果、法違反の事実を発見した場合は、それを是正するように指導する権限があります。その指導内容を書面で表わしたものが「是正勧告書」です。是正勧告書は、あくまで行政指導であるとされています。その是正勧告に対して非協力・不誠実な対応、無視、虚偽の報告などをすると、大変な結果をもたらすことになります。
労働基準法
(解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。
(解雇予告の除外)
第二十一条 前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至つた場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続き使用されるに至つた場合においては、この限りでない。
一 日日雇い入れられる者
二 二箇月以内の期間を定めて使用される者
三 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者
四 試の使用期間中の者
- 北見昌朗のひと言
- 『第二十一条(解雇予告の除外)四 試の使用期間中の者となっている』は解雇予告の除外になっているが、これは試用期間があることを相手に通知していなければ対象にならない。つまり、口頭で採用条件を伝えた場合は、労働者側が『試用期間なんて聞いていない』と主張すれば、使用者側の負けになる。
業務上災害で負傷したと偽り、労災保険の休業補償給付を得る
太郎は調子に乗ってきて、弟に“武勇談”を話しまくった。
「おみゃあだから教えてやるけどよう。もっと旨い手があるんだわ。運送会社に就職した時のことだぎゃあ。入社して2日目のことだったが、荷物を運んでいる最中に、転んで腰を打ったんだ」
太郎は、腰をさする仕草をした。
「俺は、その場で倒れ込んだ。そして、痛い痛いと大声で叫んだのさ。そして病院に連れていってもらった」
「ふーん、それでどうなったの?」
「医者から診断書をもらったのさ。それを会社に送って労災申請をしてもらった。休業補償給付といってな、こいつがオイシイ。だって、賃金の8割も出るんだぞ」
「8割?」
「ああ、8割だ。だから賃金の手取りと同じ額だぎゃあ」
「どんだけ出るの?」
「アハハ! 休んでいる間ずーっとだ」
「だったら、1年も2年も…」
「ああ、俺の場合はかれこれ1年以上休んでいるがや。医者に毎月行くのだが、痛い痛いと言って診断書を書いてもらえば良いでよう、楽なもんよ。俺なんてさあ、おかげで毎日コレだがや。まあ、止めれえせん」
太郎は、右手でパチンコの仕草をした。
「すっげー、それどうやってやるの?」
次郎の眼は輝き出した。
労働者災害補償保険法
第一四条 休業補償給付は、労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第四日目から支給するものとし、その額は、一日につき給付基礎日額の百分の六十に相当する額とする。
- 北見昌朗のひと言
- 腰痛などで原因がハッキリしない場合、労災申請を行うかどうか、会社は慎重に判断した方が良いでしょう。時には労働安全の専門家の立ち会いも必要かもしれません。いったん認められてしまうと、それを覆すのは困難です。
解雇手当を取る詐欺常習犯として逮捕された弟
弟の次郎は、兄から教えられた通りに、解雇予告手当をアチコチでせしめた。おかげで懐も豊かになり、普通にご飯が食べられるようになった。その当時の名古屋の繁華街・女子大小路で豪遊する次郎の姿が目撃された。
だが、悪事は続かないもの。解雇予告手当を取られた名古屋の中小企業の社長が何人も集まって、次郎を詐欺罪で警察に告訴した。「解雇予告手当をもらうために入社した」という容疑だった。名古屋市中区の長者町界隈で繰り返したことがバレて逮捕に至った。
業務上災害が詐欺だったとバレた兄
兄の太郎は、労災保険の休業補償給付を受けている最中に、名古屋市内の毎日パチンコで遊んで暮らしていた。中小企業の社長が怒り、太郎の尾行を興信所に依頼した。毎日パチンコで遊ぶ写真を取られてしまった。
おかげで労災保険の休業補償給付は打ち切りになった。
敗戦の申し子
兄弟の父は、沖縄戦で特攻隊になって戦死していた。
母は、昭和20年5月14日の名古屋大空襲で死去した。丸焼けになり、誰なのか見分けもつかなかったという。
太郎と次郎は、空襲で逃げ惑う最中に離れ離れになってしまった。
詐欺で逮捕された太郎と次郎のその後は、誰も知らない。
名古屋の中小企業の社長さんへ
ココに書いてあることは、全部100%空想です。でも、労働基準法を悪用して中小企業を虐める悪党は、今も昔も少なくありません。
労働基準法を勉強しましょう。知らなければ、損するだけです。労働基準法の知識を身に付けることが、会社を守ることにつながります。
名古屋の中小企業の経営参謀
社長の労務顧問
北見式賃金研究所 北見昌朗