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立ち読みコーナー

『監督官がやってくる!』

まえがき 労働基準監督署の調査とは

労働基準監督署調査と税務調査

会社の経営者・労務担当者にとって、「税務署」と「労働基準監督署」は他の役所に比べてとくに「怖い」イメージがあるようです。税務調査は、売上の計上モレがないか、経費の過剰計上はないか、などに目を光らせます。毎年、決算後に申告しているので、その内容について調査を受けるわけですから、イメージはしやすいでしょう。

それに対して、労働基準監督署の調査となると、どうでしょう。なんとなく嫌なイメージをもってはいても、具体的にどのように調べられるのか、また問題があったらどうなるのかなど、よく理解していない方も多いのではないでしょうか。社員と何かもめごとをおこすと、「そんなことしたら労働基準監督署に訴えられるぞ」といった話をときどき聞きますが、訴えられたらどうなるかについて、起承転結を答えられる人は実は少ないのではないかと思います。

労働基準監督署の「守備範囲」は?

税務調査は法人税などの税法をもとに行なわれます。それに対して、労働基準監督署の守備範囲は主として「労働基準法」です。労働基準監督署は「労働基準法」の遵守に関して指導監督する役所」です。

そのなかで、とくに最近の労働行政・労働基準監督署は、「サービス残業」と「長時間労働(過重労働)」の撲滅に指導の力点を置いています。ですから、会社としての労働基準監督署の調査対策もこの二つが重要になります。この二つの問題について、日頃の労務管理の仕方のよしあしが問われるわけです。

「解雇」や「労働条件の変更」は、問題にならないか

一方、いわゆる「労使のトラブル」で数も多く一般的に知られているものに、「解雇」と賃金・ 退職金カットなどの「労働条件の変更」があります。ところが、ここに労働基準監督署の限界があります。これらに関して極論を言ってしまえば、労働基準法に定める必要な手続きを経ていれば、労働基準監督署では実務上は取り上げないのです。

労働基準監督署は労働者の“駆け込み寺”の第一候補ではありますが、最もトラブルの多い「解雇」と「労働条件の変更」などの民事紛争については監督権限がありません。この民事紛争がどこで解決されるかについて知ることは、労働基準監督署の役割・権限とその限界を知ることにもなりますので、本書ではそれについても触れています。

「ルール」を理解して「ゲーム」をやろう

経営を「ゲーム」と考えれば、そこには「ルール」があります。会社法や税法がそのルールであるのと同じように、労働基準法をはじめとした労働法規、またそれにそった労務管理は、まさにこの「ルール」の一つです。そして、ルールを熟知するほどに、うまくゲームができるようになります。

労働基準法は従業員を1人でも雇うと適用されるルールです。会社を経営するうえで絶対に無視するわけにはいきません。そのルールが守られているかを監督する労働基準監督署をそれほど恐れることもありませんが、なめてかかると大変です。また1回の労働基準監督署の調査が無難にすんだからといって、労使紛争のリスクがなくなったということでもありません。

これから10年間くらいは、労働関連の法規の整備が進むので、加速的に労使紛争の解決プロセスが成熟していくことになります。労働者の権利意識も年々高まっています。いわばルールがきちんとしたものになり、そのルールをしっかり理解する人が増えるのです。会社としては、「労働基準法は最低限度の労働条件を定めたもので、労働基準監督署の調査をクリアすることは当たり前」であり、そのうえにプラスして労使紛争に関する経営リスク対策が必要になると理解すべきでしょう。

対策の急所は「労働時間管理」

平成18年度の労働行政方針から読みとれる重点対策は、「労働時間管理の適正化」「健康障害防止のための措置」「裁量労働制の適正な実施」です。いずれも、詰まるところ「労働時間管理を適正に行なうこと」につながります。なかでも「労働時間管理の適正化」というルールは、どんな会社でもこれまで以上に重要なものになってきます。

大手企業はすでに「労働時間管理の適正化」に向けて、労働基準監督署の指導を受け、今後を見すえた自主的な改善に動き出しました。そこで「さあ、中小企業も!」となりそうですが、実はここに中小企業が抱える大きな問題があります。大手も限られた予算で対応しているため、労働時間を短縮する施策は業務の効率化はもちろんのこと、外注や下請に有償・無償を問わず仕事を回すという対応になります。その外注や下請先というのは中小企業、つまり大手企業が“適正化”の大号令をかければかけるほど、中小企業にはますます負担がのしかかり、労働時間管理の適正化が「遠い目標」になってしまいかねないのです。

本書は中小企業のオーナー経営者、労務担当者を意識し、賃金・労務コンサルタントとして、その現場の実体験にもとづいてまとめました。労働基準監督署という役所の役割・調査方法から、中小企業の経営者が労働基準監督署・労使紛争に具体的にどう対処すればよいのかの“実論”を述べています。

税務調査対策や就業規則作成などの本はたくさんありますが、労働基準監督署調査対策の本は意外に少ないものです。そのテーマについて執筆の機会を与えてくださったシニア総研の山口道宏様、日労研の高階一博様、資料作成など多大なご協力をいたただいたスタッフの早川文子様には心から感謝し、この場を借りて御礼申し上げます。

御社がおかれている経営環境において労使間で、何を合意しているのか、できるのか、公平とは何か、そもそも会社のミッションに合意しているのか・・・等々、について本音で見詰めるきっかけとなればこれほど嬉しいことはありません。